2005.12.04

東京のジージが一人でやってきた。
息子(私)が買った家を見たかった、というのは言い訳。
本当はシンちゃんに会いたかったようだった。
シンちゃんは、「パパのジージ」となかなか言えず、「ジージのパパ」と言い続けた。

オヤジはほとんど自分の話をしたことがなかった。
私が聞かなかったからか?
もともとオヤジは、どちらかといえばおしゃべりな方ではない。
そんなオヤジが私と二人っきりのとき、ポツ、ポツと話しだした。

オヤジのオヤジ、つまり私にとって父方の祖父の話を初めて聞いた。
向こうの方から、きったないジジイがフラフラ歩いてくるなぁ、と思ったが、
よーく見たら自分の父だった。
他人にこれが自分の父だと知られるのがイヤで、
外ではあまり話しかけられたくなかった。
55歳で飲んだくれて死んだ祖父。
私は、今まで、てっきり戦死したのだと思っていた。
そう言ったかもしれないなぁ。」(オヤジ)
化学の技術者だった祖父は早くに亡くなり、8人兄弟を抱えた祖母は金銭で苦労した。
そのときの経験から、オヤジが父として思うこと、
父はこうあるべきだ、という彼なりの哲学を聞いた。

オヤジっていうのは、家族のために働いてお金を持って帰るもの。
家族が金銭的に困らないように、生きて働き続ける。
それだけ。

これからの時代、共働きが増えるだろうから、
「オヤジ」を「親」に代えればいいか。
お父さんが主夫で、お母さんが働いている場合、
「オヤジ」を「オフクロ」に代えればいいか。

人間の原点って、そこなんだな。
人生を楽しむために生きてるんじゃない。
自己実現のために働いてるんじゃない。
家族が不安なく必要最低限の生活ができるように、
必要最低限のお金でいいから、生きて稼ぎ続ける。
ただ、それだけ。

外で働く親は、仕事では上司や客から色々言われ、
不本意な思いをいっぱいし、
ストレスが貯まって帰宅すれば、
そこにも自分の居場所はないかもしれない。
「旦那は元気で留守がいい」 みたいな家庭もあるだろうから。
娘に、汚い、呼ばわりされるって話も聞く。
我慢の限界は、とうの昔に通り越してるんだな、きっと。

それでも、淡々と生きていく。
黙々と働く。
それでいいんじゃないの?
そんな親の背中を、きっと子供はちゃんと見ていて、
まっすぐ育っていくんだろうから。

74歳になり、少し背中が曲がってきた。
年々、小さくなっているように感じるオヤジ。
そんなオヤジが大きく見えた。
少なくとも、100まで生きろよ。

オヤジのジャージのズボンがやけに垂れ下がっていた。
下にはいてるモモヒキが丸見えだ。
ずり落ちてくるならウエストを紐で縛ったらいいのに。
後ろを向いたオヤジ。
なんで、ケツに紐が2本垂れ下がってるんだ?
「ズボン、前後、逆だぞ。」

シンちゃんと遊ぶパパのジージ。
なかなかの子煩悩だ。
驚いた。
たまには、一人で遊びに来いよ。
そしたら、オヤジに子供を預けて妻と外出できるからさ。




2005.12.08

初めての八丈島。

コパイ時代も、YSの頃も行ったことがない。
本当に初めての八丈島。
今までB737で行っていた羽田−八丈島 の路線だが、
八丈島の滑走路がA320でも着陸可能な2000mに延長され、
それを機会にA320が投入されることとなった。

それまで八丈に行っていたB737に比べ、フライ・バイ・ワイヤーのA320は
操縦桿の動きと動翼の動きにタイムラグがあり、
極端に気流の悪いところでの着陸が難しい。
本当にA320で八丈に着陸できるのか?
かなり不安ではあるが、A320が投入されみんなが何度も行っているので、
きっと大丈夫なのだろう。

八丈島は滑走路の南北が山で、気流の悪い特殊空港なため、
教官との同乗フライトの後、審査をしないと機長として乗務できない。
今日は初めての八丈島なので同乗フライトだった。

羽田空港で八丈島の風をチェック。
270°方向から17kt、ガスト30kt。
山越えの風ではないので、死にそうに揺れることはないだろうが、
正面の風でもこれだけ吹けば、きっと揺れるはず。
間違いない。

オレ、八丈、今日が4回目だけど、今日以外の3回は風が弱くて、
 気流良かったんだけどなぁ〜。
」(教官)
ああ、そうですか、そうですか。
その言い方、気流の悪い風が吹いたのは私のせい、と言ってますねぇ。
「すんません。 僕のせいで・・・・・・。」

羽田の RWY 34R を離陸し、右旋回して、房総半島の先端に向かう。
巡航高度は 15,000feet。
気流もよく、途中、大島、三宅島を眺めながら、さらに南へ向かった。
ジェット機で飛ぶと八丈島はあっという間。
大阪−高知 と同じぐらいの感覚だ。

Hachijyo Arrival 経由で LLZ 26 Approach を実施。
高度を下げていき、10,000feet を切ったぐらいから、少しずつ気流は悪くなった。
海上を見ると白波が立ち、水しぶきが上がっている。
風が強いのだ。
高度 5,000feet 近辺で、風は280°方向から50〜60kt。
結構、吹いてるなぁ。
こりゃ、揺れるわな。

Hachijyo Arrival で 2,000feet まで降下し、LLZ を Capture。
気流はいい感じにガタガタだったが、
今までの経験の中で、最悪な状況と比べると、こんなもんか、という程度。
しかーし、油断は禁物。
LLZ に乗り、早めに 2,000feet まで降りた。
そして、SHELL Point を通過してすぐ、MDA まで降下。
MDA で水平飛行しながら、早めに着陸体勢を整えた。
Gear を降ろし、Flap を Full にし、アプローチ・スピードまで減速。
その後、PAPI が赤4つから赤3つ白1つに変わる頃から少しずつ高度を下げ始めた。

途中、オートスラストがうなってパワーを入れるときもあったが、
ファイナルにアラインしてからは大きな気流のうねりはなく、
普通に Very Rough な程度だった。
滑走路末端を通過して、ちょうどフレアするころ、若干風が乱れていたのかあおられたが、
特に問題なく接地させ、リバーーース。
よっしゃーーっ!!
降りたゼイ、八丈島に。
どこへ行くのも、初めてっていうのは嬉しいもんだ。

それにしても、よくこんな場所に飛行場を作ったなぁ。
きっと、北風、南風が吹いたら、メチャクチャを通り越して、
グッチャグッチャな気流になるんだろう。
そんな状況にいつか出くわすのかなぁ・・・・。

帰りは RWY 26 か離陸し、4000feet まで上昇してから右旋回。
その途中、TEMAR Departure に会合する前に Tokyo ACC から Direct BOSOH をもらった。
Direct BOSOH をもらうとすぐに飛行機は左旋回を始める。
SID に従えば八丈 VOR、HCE の真上を通過するが、
Direct BOSOH をもらうと HCE の手前から左旋回を始め、
みごとに八丈富士の真上を通過した。
眺めはきれいだが、上昇中の飛行機のすぐ真下に山が突き出ているのは、
なんとも気持ちが悪かった。

次は、審査で八丈島に行く。
今度はどんな風が吹いてるかな。



2005.12.11

またまた八丈島。
そして、審査。
早めに羽田空港に到着し、八丈島の天気をチェック。
おっ!
地上の風は前回とほとんど同じで、少し弱めか。
これならきっと大丈夫だ。

アプローチ・タイプも前回と同じ LLZ 26 via Hachijo Arrival のはず。
他に注意事項はあるかな?
んっ?
ひょっとして、巡航高度近辺は気流が悪いかも。

羽田−八丈島 の標準高度は往復 15,000feet。
コンピューターが解析する気流の乱れによれば、羽田−八丈島間では 15,000feet 以下が悪そうだ。
17,000feet まで上がろうかな・・・・・・。
飛行計画を見るかぎり、15,000feet で行っても、17,000feet で行っても、
使う燃料量はほとんど同じ。
じゃあ、初便で詳しいことは分からないから、実際に飛んでみて決めよう。

羽田を離陸した。
カンパニー無線を聞いていると、揺れの情報が入ってきた。
8,000feet から 11,000feet、Moderate でした。」(ある便)
8,000feet から 11,000feet、Light Plus から Moderate 。」(別の便)
結構、揺れてるなぁ。
Moderate っていったら、お客さんがビックリするぐらいの揺れだ。
って、ことは、11,000feet よりは上がいいんだな。

私達の便は上昇中、11,500feet が Light Plus 程度で揺れた。
さらに上昇していくと、上の Cloud Base が近づいてくる。(Cloud Base=雲の底)
揺れそうな形をしている。
さて、どうしよう?

13,000feet はアンダー・コンディションでスムース。
(アンダー=Cloud Base に対して、その下、Under)
15,000feet はジャスト・ベース付近で、ほぼスムース、時々、コトコト。
(ジャスト・ベース=Just Base=雲の底、ギリギリすれすれ)
南へ行くと 15,000feet 以下は気流が悪い、との解析を出発前にディスパッチで見ていた。
どうしよう。
上がるか?
いや、でも、この雲は揺れそうだし、
雲の上に出るには 19,000feet より上まで上昇しなくてはならない。
短い路線で 19,000feet まで上がりたくない。
見た感じ、ジャストベースの 15,000feet は大きく揺れることはなさそうだ。
右手を見ると富士山の真横は通過した。
風邪は270°方向から85kt。
富士山からの後流、山岳波による揺れはもうないだろう。
よし、このまま 15,000feet で行こう。
ベルトサイン OFF。

さらに南へ行くと、上の雲がとれた!
15,000feet はスムース♪
それもつかの間。
すぐに目の前には雲がある。
その雲の高さは・・・・・・、15,000feet だとかすりそうだ。

「14,000feet もらってください。」

14,000feet で、かつかつジャスト・ベース。
コトコト程度の揺れ。
辺りには、13,000feet でも引っかかりそうな垂れ下がりの雲がある。
帰りは 13,000feet より 11,000feet の方がいいかも。
でもなぁ、東京は 11,000feet 〜 8,000feet が揺れてるみたいだし。
困ったなぁ。

八丈島空港へ向けて降下開始後、10,000feet までは大きく揺れはなかった。
やっぱり、11,000feet で帰ろうか・・・・・。

そこから下は前回と同様に揺れはしたが、
風が前回より弱かったせいで、揺れの強度はずっとマシだった。

帰りは 13,000feet で帰ることにした。
八丈島を離陸後、巡航高度に接近するにつれ、
来たときよりも Cloud Base が低くなっていることに気が付いた。
さてと、どうするか・・・・。
イヤ、とりあえず 13,000feet まで上がってみるか。
11,500feet まではアンダー・コンディションで気流良好だったが、
そこから上は In and Out でガタガタだった。(In & Out=雲に出たり入ったり)

羽田で 11,000feet も含め、そこ以下が強く揺れる、とのレポートは相変わらずだったが、
このまま揺れを無視して 13,000feet で飛び続けるのは絶対ムリ。
降りるか?
来たとき同様、19,000feet 以上上がらないと雲の上には出れそうにない。
羽田空港へのアプローチは、降下中、17,000feet まで結構揺れているらしかった。
こうなると、もう選択肢はほとんどない。
今だけでも気流が良ければ、ずっと悪いよりマシだろう。
11,000feet まで降りた。

アンダー・コンディションで気流はグッド。
ベルトサイン OFF。
左斜め前方に富士山が見える。
あの山影に入ったら揺れるはずだな。
そこまで今から10分程度か。
その手前には、ちょっとした雲の切れ目がある。
あの辺も要注意か。
風が変化している可能性がある。

東京アプローチに入り、雲の切れ目にさしかかる、ちょっと手前でベルトサインON。
まだ揺れない。
しばらくして高度さ下げたが、まだ揺れない。
8,000feet を通過してもほとんど揺れなかった。
富士山の風下に差し掛かる頃、風は280°から25ktまで減速していた。
これならまず揺れない。
そして、結局巡航高度 11,000feet からの降下中、着陸までほとんど揺れることはなかった。

審査は無事、終了。
次から、普通の機長として乗務できる八丈路線。

フッ。

八丈島の資格を取っただけなのに、、
何故か一人前の男になった気分になったのだった。



2005.12.20

13、14、15日は3連休だった。
どこかへ行くために入れた連休ではなく、たまたまスケジュール上、そうなっていた。
久しぶりに家族で電車に乗りに梅田でも行く予定だったのに・・・・・。

13日に妻が熱を出して寝こんだ。
我が家で一番風邪に強いのは妻だ。
熱を出しても半日も寝れば回復することが多い。
にもかかわらず、妻の熱が下がらない。
マズイ。
きっと、最強の風邪菌だ。

14日にシンちゃんが熱を出した。
ウゲェエェエエエエーーーーーーッ!!!
ピーーーンチ!!
妻のお母さんが手伝いに来てくれた。
妻は、まだまだ熱が下がらない。
病院に行って検査したが、どうやらインフルエンザではないようだ。
妻をここまで寝こませるなんて、なんてしぶとい風邪なんだ。

15日の朝、シンちゃんが回復していた。
ゲッ! 治るの、はやっ!!
でも、妻の熱は上がったり下がったりを繰り返しているので油断は禁物。
シンちゃんも、再び熱が上がるかもしれない・・・・。
ところが、シンちゃん、その後も元気なままだった。

さすがの風邪菌も、ようやく妻に退治されかけたか。
夕方までには妻の熱もほぼ下がりそうだった。

シンちゃんと妻が一緒にお昼寝。
それにしても、3連休なのにどこにも行かず、私は退屈していた。
そうだ、スーパーで魚のアラでも買って、シンちゃんに食わしてやろう。
妻の風邪が移る気配の全くない私は、
わざわざ商店街までアラを探しに行った。
しかーし、アラがなーいっ!!
なんでだぁ〜?
クッソーッ!!
お゛っ!
刺身用のスルメイカ見ーっけ。
2匹で480円かぁ。
1匹でいいんだけどな・・・・・。
イカをさばくの見たら、シンちゃん喜ぶかな?
よし、買っちゃえ。
きっと全部食える。
どうせ買うなら、一番デッカイのがいい。

帰宅して1匹さばいている頃、シンちゃんが目覚めた。
イカを見せたら大喜び。
キッチンに自分の小さなイスを運び、その上に乗ってしばらく私のしていることを観察。
でも、数分でいなくなった。
飽きるの、はやっ!!
なんだよ、オマエが喜ぶかと思って買ってきたのに。
その後、イカをさばくこと、1時間半。
皮をきれいにはがすのが大変だ。
そこへ妻が起きてきた。
私のしていることを見て、唖然。
一部を塩辛にして、でもほとんど全部、内臓も、その場で食べた。
胴体だけで長さ25cmほどのでっかいスルメイカを2匹ぶん、
丸々全部生で食べると、以外とお腹がいっぱいになる。
もうしばらくイカの刺身は食べたくないかも・・・・。
妻の熱は下がった。
良かった、良かった。

その夜。
2時頃だったろうか、呼吸ができずに飛び起きた!
口の中で、異常なスピードで唾液が分泌しているが、飲みこめない。
必死に飲みこもうとして、空気を食べ、
胃がいっぱいになったが、それでも唾液が止まらない。
何だこれはっ!
何が起こってるんだ??
しばらく寝たままあえいでいたが、数分で状況はおさまった。
今のは、何だったんだろう?
とりあえずトイレにでも行っとくか。
ベットから出て、立ちあがった瞬間、胃がギュッと収縮したようだった。
ウワッ!
吐くぞ、これ。
トイレに駆け込んだ。
本当に吐いてしまったが、ほとんど何も出てこなかった。
おっかしいなぁ。
イカにあたったか?
でも、食べ物にあたったときって、だいたい胃の中で消化されずに全部残ってて、
いっぱい戻すはず。
今は胃の中、ほとんど空っぽだったぞ。
消化はしてるみたいだ。
何だ?
風邪か?
ま、いっか。
そのまま寝た。

朝、起きると体調に問題はなさそうだ。
妻の熱は完全に下がっていた。
シンちゃんは元気そのもの。
フフフ。
どうやら元気な父ちゃんには、風邪を移せなかったみたいだね、君達。
3連休が終わり、16日の勤務はスタンバイ。
会社に行った。
仕事が始まり、2時間ほどして、寒気を感じた。
ゲェェェエエエーーーッ!?!?
風邪か?
いや、きっとイカだ、イカ。
妻もシンちゃんも、風邪の症状は同じだった。
堰から始まって、熱が出た。
私の場合、堰はない。
喉は全然痛くない。
きっと、彼らの風邪ではない。
インフルエンザか?
さらに1時間ほどして、どんどん寒気が強くなり、確実に熱が出ていることが分かった。
会社は途中で退勤した。

16日の午後1時頃から熱が上がり、夕方には39℃。
そこからどんどん熱は上がり39.8℃になった。
39℃を超える熱を出したのって、いつ以来だ?
10年以上、そんなに熱が出た記憶がない。
私は普段、熱が38℃を超えるとフラフラになる。
今回は様子がちょっと違う。
40℃近くなるのに体調はいいし、頭はしっかりしている。
寒気で震えが止まらないだけ。
普通に歩けるどころか、体調が良すぎて走れそうなぐらいだ。
この症状、なんか変だぞぉ〜。
やっぱ、イカかなぁ。
そういえば、会社の人に、イカの話したら言ってたっけ。
生のイカの内臓には寄生虫がいるって。
やっぱ、イカの内臓も全部、しかも2匹ぶんも食べたのがいけなかったかなぁ?
寄生虫に犯されてるのか?
それで昨晩、吐いたけど、胃には何も残ってなかったのか?
イヤ、ひょっとして、イカに何か変なウィルスでもくっついてたのか?
まさかっ!!
イカが鳥インフルエンザにでもかかってたんじゃないのか?
そうだ、そうに違いない。
だから症状が変なんだよ、きっと。
うわぁーっ! どうしよう。
『イカから鳥インフルエンザにかかり、男性死亡』 とか、新聞に出ちゃうんじゃないの?
短い人生だったな。
妻とシンちゃん、父ちゃん、居なくても生きていけるかな。
うん、大丈夫だろう。
思い残すことないか?
うん、ないな。
それにしても、イカで鳥インフルエンザって、スゴイ症例でしょ?
私の体を使って何か解明されるかもよ♪
どうやったら鳥からイカにインフルエンザが移るんだ?
インフルエンザにかかった鳥がイカを食おうとしたけど、取り逃がしたと。
で、鳥のクチバシからインフルエンザが移ったんだ。
その、イカが漁師さんに捕まって、スーパーに並んでるのを、
不運にも私が買って帰ってしまった、と。
スッゲェーーーーッ!?!?
(今、思えば、体は調子良かったかもしれないが、明らかに脳は熱で犯されていたようだ。)

それにしても、おかしい。
39.8℃もあるのにフラフラしない。
よしっ!
救急車を呼ぼう。
イヤ、待てよ。
格好悪いな・・・・。
7時過ぎか。
やっぱ、この時間になると、急患扱いだわな。
ってことは、救急車か。
救急車、日本で乗ったことないぞ。
アメリカで乗ったとき、お金かかったっけ。
日本は確か、タダだったよな。
タダなら呼んでみるか。
いやいや、普通に歩けるからな・・・・。
妻に電話を持ってきてもらった。
「救急車って、119だよな?」
1、1、9、、、、と。
はい、消防車ですか、救急車ですか?
やっぱり救急車を呼ぶのは止めた。
その代わり、家の近くで、この時間帯にまだ開いてる病院を2件、教えてもらった。
病院に電話すると、当直の先生が内科じゃないから、と、また別の病院の電話番号を教えてもらい、
何回かたらい回しにされた後、一番、近くの「○○胃腸」という名前の病院を選んだ。
胃腸、って言うぐらいだから、食中毒とか寄生虫に強いに違いない。

どうされましたか?」(医者)
私が説明を始めた瞬間、その医者が全然興味を持って聞いていないことが分かった。
説明するのを止めたら、すぐに言った。
インフルエンザの検査、しますか?」(医者)
そうだな、インフルエンザでないことだけでも分かれば、
鳥インフルエンザではないことになるだろうから、きっと、死ぬ、という選択肢は消えるだろう。
「お願いします。」
インフルエンザの検査って、こんな細長い綿棒を鼻から入れて・・・・、
ってどこまで入れるんじゃい!?
げっ!!
喉に届いたぞ。
そっか、このアングルで鼻から棒を突っ込むと、喉に届くんだ。
花粉症で鼻が詰まって呼吸できなくなったら、この角度で細長い管を鼻から喉に突っ込めば、
鼻呼吸ができて楽かもしれないな。
覚えておこう。

結果は、インフルエンザではない、とのことだった。
風邪ですね。」(医者)
いや、そんな簡単に、風邪ですなんて、風邪だけのわけないでしょう?
この体の強い私がですよ、10年以上も39℃以上の熱出してないのに、
40℃近い熱が出ていて、しかも、こんなに体がピンピンしてるって、おかしくないですか?
いつもなら、関節が痛くなるのに、全く痛くないし、
走れそうな勢いだし、脳も完璧クリアで。
これで、普通の風邪って、そんなわけないですよ。
実はですね、昨晩、刺身用のスルメイカを2匹食べたんですが?
どれぐらいですか?」(医者)
それがね、こーんな大きさ(1匹40cm以上)のを、内臓もぜーんぶ、
丸々2匹食べたらですね、夜中に呼吸困難で飛び起きたんですよ。
そう言った瞬間、ピクッ、と医者が反応した。
さっきとはうってかわって、私の話に興味を持ったようで、
体全体が私を向き、上半身を乗り出してきた。
さすが、「胃腸」と看板に出てるだけのことはある。
息ができなかったんですか?」(医者)
かくかく、しかじかで、こーんな症状だったんです。
でも、食中毒なら発疹とか必ずありますし。 ・・・・。 風邪でしょう。」(医者)
ありがとうございました。
診察を終え、イスを立ち上がり、出口のドアに向かった。
あっ、食べるのは、ほどほどにね。」(医者)
わかっとるわい!!

その後、熱は上がったり下がったりを繰り返しながら、19日までが過ぎた。
その間、みんなには迷惑をかけてしまったが、仕事は休んだ。
そして、次の連休の初日、20日の朝に完全に回復したのだった。



2005.12.21

毎年恒例のクリスマス・パーティーに参加するため、淀屋橋まで行った。
梅田方面にでかけるのは、2005年はこれが2度目。
滅多に街に出ないので、昼過ぎから電車に乗って出かけて
人ごみの中をウロつくことにした。

梅田方面に出掛けるときは、ついでに必ず心斎橋へ行く。
貴金属の問屋街だからだ。
いつもなら梅田から心斎橋までは地下鉄代が高いので歩くが、
今回はBMX用品を買いに、スポタカに行きたかったので、
御堂筋線に乗って難波まで行った。
改札を出て北側の出口から出ると、そこは道頓堀だった!
お゛っ!!
大阪に住みだして8〜9年にもなるが、道頓堀を見たのはこれが初めてだ。

スポタカで目的の品をゲットし、そこからアメ村経由でムラサキスポーツに寄り、
さらに北上して心斎橋の東急ハンズに行き、
心斎橋の商店街をブラブラ歩いて本町を通過、淀屋橋まで歩いた。
クリスマス・イルミネーションでも見ながらクリスマス気分に浸ろうかと思っていたが、
イルミネーション、見なかったなぁ。
残念。

パーティーは毎年のことだが楽しく、大騒ぎしてしまった。
00:05梅田発の電車に乗って、JR伊丹駅に到着。
あっ! 雪だっ!!
なんとも嬉しいクリスマス・プレゼント。
自転車に乗り、少しずつ強まる雪を楽しみながら帰宅した。



2005.12.22

一夜明けて、新聞を取りに外に出てビックリ!
まだまだ雪が降っているではないかっ!
ありえねぇ〜〜。
道路が真っ白だ。
すぐにパソコンを立ち上げ、天気をチェック。
明日行く新潟はどんな感じ?
ギョエェエェエェーーーーーッ!?!?!
300°から30〜50kt吹いてるんだ。
スンゲェーなー。
これって、横風制限的には着陸できそうかも。
う〜ん、今日、勤務でなくて良かった。
イヤ、でも、こんな風のときに降りてみたい気もする。
きっと、便、乱れまくってるんだろうなぁ。

外を見ると、雪が降っている、というよりも、
吹雪いている、という感じにまで強まってきている。
お庭も真っ白。
積雪5cm以上にはなったようだ。

午前中に妻がピザを焼くというので
不足した材料を買いに、近くのスーパーまでシンちゃんと歩いて行った。
シンちゃん、雪を踏みしめながら楽しそうだった。
ヤツが楽しそうだと、父ちゃん、本当に幸せだ。

家を出て数分間、ものすごく吹雪いていたが、しばらくして小降りになり、
スーパーに到着するまでには雪は止んだ。
当然、その間、道路は真っ白。
スーパーを出て家に戻る頃、車の通る道は既に雪が溶け、アスファルトが露出していたので、
まだまだほとんど人が歩いていない砂利道の雪の上を歩いて戻った。
とっても幸いなことに、スーパーまでの行き帰り、ずっと新雪の上を歩くことができた♪
スーパーから戻るころ、丁度雪も止んだ。

よしっ!
雪だるまを作ろう。
シンちゃん、全然手伝ってくれなかったが、
出来あがると、一瞬だけ喜んでくれた。





2005.12.23

相変わらず冬型の気圧配置だったが、
今日、私が行ったところは天気が良かった。
伊丹空港から便乗で那覇に移動後、
那覇 → 新潟 → 千歳 → 仙台 を飛んだ。
新潟に到着してディスパッチで昨日の話を聞いた。

280度から55〜63ktもの風が吹いていたらしい。
メチャメチャな風だ。
滑走路に対して正面からの風だから、
アプローチ中、どんなに気流が悪くても、規定上、着陸してOKだ。

しかし、それだけ吹くと別の問題が発生する。
A320の場合、貨物室のドアの開閉操作をして良いのが、40ktまで。
風速が65ktを超えるまでに貨物室のドアを閉めること、と決まっている。
地上で63kt吹いていては、着陸後、貨物室のドアを開けることができないので、
荷物の取り降ろしができないのだ。
台風が来てるならともかく、
冬の気圧配置が強すぎて、そんな狂ったような風が吹くなんて。
本当に信じがたい。
しかも、その日、新潟空港は停電で真っ暗。
電話は使えなくなり、カンパニー無線も一時的に使えなくなったとか。

新潟へ向かった飛行機が上空で引き返したり、
アプローチを開始後、着陸数分前に着陸を断念し、引き返したり、
そのまま欠航になったり、と、それはそれは大変だったようだ。

みなさん、お疲れさまでした。



2005.12.24

仙台 → 千歳 → 仙台 → 千歳 → 関空
今日はクリスマス・イヴ。
一緒のクルーに今晩の予定を聞いた。
すると・・・・・・、みんな予定なし。
そりゃ、そうか。
今晩、家に着くのは、早いひとで22:30。
遅い人だと24:00を回る。
僕達、乗員は帰宅予定23:00。
当然、イヴの予定はない。

仙台を離陸し、上昇中に、しょーもないアナウンスを思いついた。
そうだっ!
クリスマス・イヴのアナウンスを入れよう。
で、私達、クルーはみーんな今晩は予定がありません、
みたいな内容だ。
ついでに、期間限定の飲み物、インド風ミルクティー、チャイ、の宣伝もしとこう。

乗務前の CA さん達とのクルー・ブリーフィングの時は、
風邪の影響で声が潰れてるから、余計なアナウンスは入れません、と言ったのに、
やっぱり、しゃべりたくなってしまう私。

上昇中、27,000feet を過ぎたあたりでシートベルトサインを OFF にした。
すぐに客室乗務員(CA)さんアナウンスが始まる。
これが終わったら、私もすぐにアナウンスを入れよう。

アナウンスをしながら、久しぶりにドキドキした。
いつもと違う内容をしゃべるのに、準備をせず、
思いつくままにしゃべるときは心臓バクバクだ。
幸い、あまりかまず、普通にしゃべることができて、ホッ、とした。

千歳に着陸して、お客さんが全員降りて、コックピットを出ると、CAさんにつかまった。
メチャメチャ、うけましたよ!
 今日、残り3便、全てで同じアナウンスを入れてください。
」(CA)
「え゛ぇ゛ーーーーっ!! マジっすかぁ〜? イヤー、恥ずかしいなぁ。
 でも、喜んでくれるなら・・・・・、やるねっ♪」
みんな、お客さんに話しかけられたんです。
 『ねぇ、ほんとに、今晩、予定ないの?』 って。
 次の便とかで、誰か、素敵な男性に誘われるかもしれないですぅー。
」(CA)
「チャイは、どう? いっぱい出た?」
出ました、出ました。 4杯、おかわりしたした人もいました!」(CA)

そっか、そっか、そんなに喜んでもらえたか。
んっじゃ、全便でやるべぇ。

2便目、千歳 → 仙台 も好評だった。

3便目の 仙台 → 千歳 はさすがにアナウンスを入れにくかった。
千歳に雪がかぶってきたからだ。
便が大幅に遅れるかもしれない。
それなのに、クリスマス・イヴ・アナウンスを陽気に入れて、
ふざけてる、ってお叱りを受けるかもしれない。
遅れるだけじゃなくて、最悪、千歳に着陸できずに、
仙台にリターンしてしまうかもしれない。

うーーーん、どうしよう・・・・・・。

よし、離陸してできるだけすぐにクリスマス・アナウンスを入れて、
ちょっと間を置いてから、
すみません、千歳の天気が悪くて遅れそうです、
みたいな感じのアナウンスをもう一回入れればいっか。
そうしよう。

クリスマス・アナウンス入れ終え、カンパニー無線を聞いていると、
千歳の天気がマジ、ヤバイ。
へっ?
01L、01R、ともにVery Poor?
それじゃ、どっちの滑走路も使用禁止じゃん??
今から、また除雪しなおすの?
って、ことは、どっか、上空で待たされるんだ・・・・・。
やっぱり、千歳空港は大雪が続いてるのね。
困ったぞ。

しばらくして、管制官に呼ばれた。
All Nippon 727, expect hold south of Tohoku VOR at FL310.」(管制官)
(東北VORの南側、31,000feet で待機させる予定です。)

しゃーない、もう一回、アナウンスを入れるか。
でも、事実が確定してからにしよう。
クリスマス・アナウンスとの間隔をできるだけあけたい。
東北VORの上空の少し手前で CA さんにインターフォンで呼ばれた。

サービス、一通り、終わりました。」(CA)
「どうですか? みなさんのようすは?」
はい、さっきのアナウンスでみなさん、とっても和んでる感じです♪」(CA)
「そう、じゃあ・・・・・。」

CA さんに千歳空港の天気の状況を伝え、
しばらくしてから、到着が遅れる旨のお詫びのアナウンスを再度入れた。

その後、東北 VOR の上空で待機中に、滑走路のコンディションが回復した、との連絡が入り、
約30分間のホールディング後、進入を開始。
結果的に定刻より40分も遅れてはしまったが、無事、千歳空港に着陸することができた。
幸い、お客さんの中に、ご立腹された方はいらっしゃらなかった。
驚いたことに、「大変だったね。 ご苦労さん。」 と、
ねぎらいの声を CA さんにかけて降りてくださったお客さんもいたようだった。
どうもありがとうっ!!

折り返し、関空行きでは出発遅れ、到着遅れに対する謝罪のアナウンス、プラス、
チャイ、プラス、クリスマス・イヴ&クリスマス・アナウンスを入れた。
関空に着陸後、コックピットを出ると、再び CA さんからコメントをもらった。
今日、4便の中で、この便が一番、お客さんの反応が良かったですよぉ♪」(CA)

そっかぁ〜。
工夫してみるもんだなぁ。
でも、あんまり調子に乗りすぎて、お叱り、受けないようにしーよおっと。



今年も沢山のみなさんにアクセス頂き、ありがとうございました。
来年もよろしくお願いします。
良い、お年を・・・・。