2002.02.13

私は昔から髪が多かった。(今はてっぺんが若干薄い)
学生時代は長めのヘアースタイルが好きで、耳が隠れる程度は伸ばしていた。
だが、とくに横のボリュームが多く、髪を伸ばすとタダでさえほっぺたパンパン、太く、丸っこい顔が、
さらにまん丸く見えてしまい、イヤだった。

そんなとき、会社の同期の髪型を見て思った。 これだ!!
それはツーブロックと呼ばれる髪型だった。
首筋を刈上げる要領で頭の横の部分、耳から上に向かってバリカンで刈上げる。
頭の上の部分の髪は耳まで伸ばしておき、刈上げた短い髪の上からかぶせるのだ。
これなら髪を伸ばしても顔が横に広がって見えない。
また、パイロットは身だしなみが厳しく、長い髪は良いイメージを与えない。
ツーブロックなら襟からもみ上げにかけては刈りあがっているので、だらしなく見えないのだ。

参照♪

オーストラリアの訓練生時代にこの髪型の出会い、
以後、私はずっとツーブロックだ。
訓練生時代、寄宿舎のカフェテリアで働いていたおばさんと親しくなった。
あるとき、ふとしたことから彼女がバリカンを持っていることを知った。
床屋でツーブロックにしてもらうとき、とても簡単に思えた私は、同期の誰かに髪を切ってもらうことを思いついた。
寄宿舎から町までは遠く、髪を切るためにわざわざ出かけるのが面倒だった。

ある同期に頼んでみたところ、失敗するかもしれないからと、最初はイヤがっていたが、
私が強引に頼み込んで、結局彼は引きうけてくれた。
バスルームで散髪は行われた・・・・・・・・。

髪はできるだけ長くしたい。 でも髪が多いと暑い。
そこで、うんと上の方まで刈上げてもらうことにした。
通常、ツーブロックといえば、髪の生え際から上方6〜7cm程度までしか刈上げない。
しかし私は10cm以上刈上げるように、しかも最も短い歯で肌が青く見えるほど刈上げるよう同期にお願いした。
上からかぶせる髪の長さは変わらないが、量が相対的に減る。 まさに理想的だ。

無事に髪を切り終えた。

屋外を歩いているときに、風が強いと上からかぶせた長い髪が持ちあがる。
通常なら刈上げた部分の髪はそれほど短くないので、遠くから見れば黒く見える。
しかし、今回は風で上の髪が持ちあがると、その下は青く見えてしまう。
しかも、かなり上まで刈上げたいたため、見た目がとても変であることに気が付いた。
これは絶対に変だ。 教官に見つかったら絶対に怒られる。 マズイ!

では、いつ、一番見つかりやすいだろうか?
飛行機の外部点検をしている時だ!
翼や胴体の下、タイヤを点検するときに低い姿勢になって首を傾けるとき、
とくに横から風を受けるとかぶせた髪が持ちあがったり、逆立ったりする。
外部点検の時は気を付けよう。
回りに教官がいないことを確認すること。 できるだけ低い姿勢にならないこと。 横から風を受けないこと。

ある日、訓練飛行のため、駐機場に行った。
いつも通り外部点検から始めたのだが、この日は風が強かった。
できるだけ風が吹いてくる方向に顔を向けるように、後ろ歩きをし、ときには横歩きをしながら飛行機の周りを歩いた。
それでも時々はかぶせた髪が風に持ち上げられる。
周囲をキョロキョロ見渡し、教官がいないことを頻繁にチェック。
時々通る飛行機以外、誰もいない。 うん、きっと大丈夫だ。
その後、何事もなく飛行機に乗りこみ、訓練飛行を終えた。

寄宿舎に戻ってくると、いきなり隣の部屋の同期(K君)が怒鳴りこんできた。
今日はオマエのせいで大変だったんだぞ!
な、なんのことだ? 今日は会ったの初めてだし・・・・・・。
チェック(試験)がオマエのせいで台無しにだったんだぞ!
彼の話を元に再現すると、こういうことらしい。

K君は今日、試験の日だった。
エンジンをかけ、地上滑走を始めてしばらくすると、隣に座っていたS教官が大きな声を上げた。
なんだぁっ! あれはぁぁああ!!!!(S教官:ほとんど叫び声に近い怒りのこもった声で)
S教官の目が釘付けになった方向を見ると、そこにはツーブロックの上の髪がたなびき、ハゲを露出している私がいた。
あっちゃー、と思った彼は大きい声で言った。
すみません!」(K君:大きな声で叫ぶように)
なんでオマエが謝るんだ!(S教官:かなり激怒モードで)
すみません!」(K君:激しく叫ぶように)

参照♪


(以下 K君の心境)
なんであいつ(私)はオレの試験の日に、ああいうことしてくれるんだ??
オレに何の恨みがあるんだ?

その後S教官はムッとしたまま、しばらく口をきかなかった。
この気まずい雰囲気、どうにかならんのか?
タダでさえ試験でナーバスなのに、こんな重苦しい雰囲気は耐え固いじゃないか!
S教官がやっと口を開いた。
「最近、ああいう髪型が流行っているのか?」(S教官:怒った口調で。)
イエ、えーっと・・・・・・。」(K君)

地上滑走し、離陸の許可をもらい、滑走路に入り離陸し、訓練空域へ行って試験課目を終了し、
飛行場へ戻って着陸後、地上滑走し注機場へ戻り、エンジンを切った。
その間、S教官は腕組みをしたまま物思いにふけるように、一言も口をきかなかったのだ。

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オマエのせいで審査の雰囲気が最悪だったんだぞ!」(K君)
「ゴメン、ゴメン。 ちゃんと周囲を見渡して、誰もいないことを確認したんだけどな。 イヤー、悪かった、悪かった。」
なんでオレが審査のときにいそういうことするんだよ。」(K君:ほとんどあきらめに近い声で)
「すまなかった。 オレが悪いわ。 本当にゴメン。」

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校舎の一角に日本人教官がいる、通称「ANK事務所」と呼ばれる場所があった。
オーストラリア人の教官がたむろしている場所と違い、とても重苦しい雰囲気の事務所だ。
特別な用事や提出物でもない限り、出来るだけ近づかないようにしていたのだが、
今回の件があってから一層行きにくくなった。
数週間、ほとぼりが覚めるまで決してあそこに行くのは止めよう。
そう決めてはいたのだが、そういう時に限ってどうしても提出しなくてはいけない書類があったりする。

覚悟を決めてANK事務所へ向かった。
ドアを開ける前に身だしなみのチェック。
靴はちゃんと光ってるよな。 靴下は黒で無地、OK。
ズボンも洗濯したばっかだし、ベルトも黒。 ネクタイは曲がってないよな。
こういった事項に注意を払っていなかったために、ブチ殺された(ムチャクチャ叱られる、という意味)同期がいた。
今日はいつもにも増して、少しでも日本人教官の気を引かないように気を付けなくてはならない。

この書類を提出する引き出しは、入り口を入って、向かって左手の奥。
引き出しは上から○段目。
ドアをノックして、「失礼します!」と大きな声でお辞儀して、引き出しまで一直線に向かい、
所定の引きだしをサクッと開け、書類を提出したら後ずさりするように、
教官に後ろから見られないようにソロソロと音を立てずにドアまで戻り、
後手でドアを開け、「失礼します!」と礼をして、とっとと逃げるぞぉお!
事務所のドアの前で、あらかじめ自分がこれからする行為をイメージしながら再確認。

ドアをノックして恐る恐る事務所に入った。
「失礼します! 書類を提出しに来ました!」
ん、ハイ。」(教官の一人)
3人の教官はチラッと私を見て、すぐ視線を机に落とし、それまでしていたであろう業務を続行した。
ヨッシャァアー! S教官は全然気が付いてないぞ。 きっと忘れているに違いない。
一直線に引き出しへ向かい、書類を提出し、計画通り後ずさりしてドアまで戻った。
ドア・ノブに手をかけ、「失礼しますっ!」とお辞儀をし(深々とすると髪がめくれるので少しだけ)、ノブを回した。
もらったぁあ〜!!と思った瞬間、S教官が顔を上げた。
「ちょっと待てっ!!」(S教官)
いきなり怒鳴られ、ドキッとした私は、お辞儀をするために若干腰を曲げていた姿勢から、
ビクッと一気に直立不動の姿勢になった。
野獣に睨まれた子ウサギのように、私はその場に固まった。
S教官と視線が合った。 マズイッ! すぐに目を反らしたが既に遅過ぎた。
他の教官も目を上げ、私をジッと見ている。
S教官の視線は私の目から、やや上に向かって移動した。
かなり長い沈黙の末、S教官は言った。
「そこで回れ!」(S教官)
「ヘェッ??!!」
「聞こえただろっ! そこで回れっ!」(S教官)
「ハイ・・・・・。」
一瞬ためらったが、命令には背けない。 イヤとは言えない。
直立の姿勢で、ゼンマイ仕掛けのおもちゃのように、私は360度回る羽目になった。
左周りで、少しずつ回った。
90度を過ぎて横向きから後向きにさしかかった時、回転速度を上げた。
一瞬のうちに真後ろを通過し、再び横向きになったところで速度を落とし、ゆっくりもとの正面の向きに戻った。
ホーーーッ・・・・・・。
「もう1度回れ。」(S教官)
穏やかに、だが力強く、決してNOとは言えない口調で言い放った。
マジッすっかぁぁあ〜〜??
再び私は左回転でゆっくり回転していった。
横向きになって一気に加速しよとした瞬間、
「止まれェエッ!!!」(S教官)
怒鳴られ、ビクッとして膝が内股に曲がってしまった状態で立ち止まった場所は、まさに後向きだった!!
しばらくの沈黙の末、S教官は穏やかに、だが力強く、決してNOとは言えない口調で言い放った。
「髪を持ち上げろ。」(S教官)
「ハイッ??」
「聞こえただろっ! 髪を持ち上げろと言っておるんだァア!」(S教官)
ひぇぇええ〜〜ん、困ったなぁ。 でも逆らえないしなぁ・・・・・・・。
高頭部に手を持っていき、しぶしぶ私はツーブロックの長い後ろ髪を持ち上げた。
ANK事務所のドアに向かって後向きになったまま、しばらくジッとしていたが、なかなか何も言ってくれない。
これではいいさらしものではないか。
数秒だったか、数十秒だったか、はたまた数分だったか、私には永遠に感じられた沈黙を破ってS教官は言った。
「回れ。」(S教官)
先ほどまでとは明らかに違う、投げやりともあきらめとも哀れみともつかない口調だった。
再び正面に向きなおり、3人の教官の視線をヒシヒシと感じながら、
両手を前で交差させ、モジモジしながら私は立ち尽くしていた。
「オマエなぁ、何だその髪型わ。」(S教官)
「あっ、ハァア・・・。」
「一体どうしたんだ、その髪型?」(S教官)
同期にやってもらったなんて言ったら、アイツも怒られる可能性ありだし、何て言えばいいかなぁ・・・・。
「あっ、イエ、あのぉお、実は・・・・・・、
 えーっと、先日町へ行ったときに床屋へ寄ったらですね・・・・・、うーんと・・・・・、
 なんか新米さんというか、研修生みたいな人がいて・・・・・、
 練習台になってくれたら安く髪を切ってくれる、と言うんで・・・・・、
 それでお願いしたらこんなになってしまったんです・・・・・・。」
「そういう髪型が今は流行っているのか?」(S教官)
「イエッ、そういうわけでもないんですけど・・・・・。」
「あのなぁあ、オマエ、それ、カツラをかぶっているように見えるのだ。」(S教官)
「え゛ぇ゛〜、ほんとですかぁ???」
「そうだよ。 オマエ、それ、おかしいと思わんのか?」(S教官)
「あっ、ハァア・・・・・。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」(教官一同腕組みをしたまま沈黙)
私はただひたすらモジモジ立ちすくんでいた。
しばらくしてS氏は言った。。
「明日までに何とかしてこい。」(S教官)
「えっ、何とかするって、どうすればいいんですか?」
この髪型で何とかしろったって、剃るしかないじゃん?! 勘弁してよ〜。
デブでしかもハゲっていったら、もう完璧プロレスラーじゃん!
「どうするもこうするも、そんなことはオレは知らん。 とにかく今日中に何とかしてこい。」(S教官)
「え゛ぇ゛〜。 これから町へ行くんですか? この髪型を何とかしろ、と言われましても剃るしか他に方法はないですし・・・・」
「だったら剃ればいいじゃないか!」(S教官)
「イヤッ、それだけは勘弁してください。 あと数日もすれば下の毛も伸びてきますし、きっと目立たなくなりますので。
 お願いです。 勘弁してください。 今日町へ行っても床屋は閉まっているし(真っ赤なウソ)、
 今日はこれから勉強もしなくちゃならないし(これももちろんウソ)、お願いします。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」(教官一同腕組みをしたまま沈黙)
「分かった。 今回だけは許してやる。 二度とするなよ。」(S教官)
「分かりました! ありがとうございます。」
「本当に分かったのか?」(S教官)
「ハイ! 分かりました! ありがとうございます。 失礼しますっ!」
今度は深々と頭を下げ、後手でドアを開け、何度も頭を下げてお礼を言いながら、私はANK事務所を後にした。

事務所のドアを閉め、ホッと胸を撫で下ろし、一息ついているところへ、
事務所から出てきた私の行動を一部始終見ていたオーストラリア人の教官がニヤニヤ笑いながら言った。
Hey Naoki. What did you do this time?」(今回は何をしでかしたんだい?)
なにぃい〜、this time ってどういう意味なわけ?
それじゃぁ、まるで私がいつも叱られてるみたいじゃないかぁ〜、って確かに叱られてるわなぁ・・・・・。
「Well, Captain S hated my hiar style and he wanted me to shave my head!」
Are you going to?」(オーストラリア人教官)
「Noooo! Of course not!」
私は上の髪を持ち上げて、オーストラリア人教官にツーブロックを見せながら言った。
Captain S might be right, you know.(S教官が言うようにした方がいいかもな。)」(オーストラリア人教官)

その後、私はどっちの方向から風が吹こうとお構いなく飛行機の外部点検をしたことは言うまでもない。
迷惑かけて、K君、ゴメンナサ〜イ!

当時訓練生だった私達全員にとってオヤジ的存在だったS教官を、私は大好きであることを、ここで付け加えておきたい。

おしまい♪