自転車

私の小学生時代、おもちゃを買ってもらった記憶があまりない。

学校が終わって、友達は10円〜20円のお小遣いを使い、
近くの駄菓子屋でお菓子を買って食べているのが羨ましかった。
その小さな駄菓子屋の一角に、天井まで積み上げてあったプラモデル。
年に1、2回、誕生日やクリスマスに1つ買ってもうのが楽しみだった。

好きなの選んでいいよ。」(母)

でも、子供ながらに高いものを買ってはいけないような気がして、
本当は段の上の方に飾ってある大きな戦艦が欲しかったが、
下のほうに置いてある安いものを自分で選んだ。

友達の誕生日でおうちへ遊びに行くと、
豪華なケーキや沢山のお菓子が用意されていた。
いっぱい、いっぱい、ありとあらゆるおもちゃがあって、楽しかった。
逆に、自分の誕生日で友達を呼ぶのは辛かった。
質素な手作りのケーキ。
友達の家で出てくるような高級なお菓子はない。
おもちゃもほとんどなかった。
できるだけ家にいたくなかったので、さっさと食べ、友達を外に誘い出した。
うちに友達を呼ぶのが恥ずかしかった。

欲しいものは拾うか作る。
燃えないゴミ、粗大ゴミ。
学校に行く途中、チェックした。

小学校3年生のとき。
友達がラジコンを買った。
当時の値段で3万円もする代物。
車本体が1万円。
プロポ(手に持つコントローラー)が2万円。
パーツの全てを自分で組み立てる。
最高速度、時速40km。
欲しかった。
初めて親に、「買って」 とねだった。
買ってくれた。
嬉しくて、嬉しくて、1か月ほどかかって自分一人で組み立てた。
ようやく車体が出来上がった。
あとはF−1のボディにシールを貼り、車体に乗せれば完成。
その前に試験走行をしよう。
外に出て、道路にラジコンカーを置き、プロポを操作した。
動いた。
ちょっと前に進み、止め、ちょっと後ろに進み、止め、
それから前進レバーを一番前、フル加速にした。
あっという間にものすごいスピードに達した。
ウワッ!
レバーを戻した。
何故か車は暴走を続け、コンクリートの壁に激突して大破。
二度と動かなかった。
固まった。
声も出なかった。
そういえば友人が言ってたっけ。

時々、何らかの妨害電波が入って暴走するんだよね。」(友人)

お小遣いをもらえたのは正月だけだった。
親戚のおじさん達からもらったお金は、全て郵便局に預けた。
小学校へ通った間の6年間、使わず貯めた。
5万円も貯まっていた。
中学校へは片道3km。
自転車通学することに決めていた。
当時、「ドロップハンドル」 が流行りだした時だった。
自転車を買おう。 (ドロップハンドル=競輪の自転車のハンドルの形状)
ワクワク、ドキドキしながらカタログを見た。
あのころは今と違って自転車が高かった。
私の全財産で手の届くドロップハンドルは、
一番安い価格帯のもの。
でも、前のギヤが1段の5段変速が主流だった当時、
前のギヤに3速、後ろに7速もついていた21段変速だった。
友達のお父さんがフジ・サイクルショップをしていた。
それで、フジの黄緑色のドロップハンドルを買った。

中学校へ、毎日、雨の日もその自転車で通った。
1か月ほどしたある日。
住宅街をゆっくり走っていた。
ママチャリに乗ったおばさんが、横から飛び出してきた。
あっ!
ママチャリの横っ腹に正面から突っ込んだ。
ママチャリはおばさんごと倒れた。
私はそのまま停止。
おばさんを助けおこし、無事なのを確認。
おばさんが自転車に乗って立ち去ってから、私も自転車に乗り、ペダルを踏んだ。
あれっ?
自転車がまっすぐ進まない。
自転車を止め、降りて、点検した。
フレームのフロントフォークの付け根部分が曲がっていた。
友達のお父さんの自転車屋さんに行った。

これは直せないよ。

友達の持っているおもちゃや自転車。
自分も欲しい、と思いつつ、ずっとずっと我慢してきた。
6年間貯金し続けて、ようやく買った自転車が1か月で壊れた。
ラジコンもそうだった。
沢山の欲しいものを我慢して、
唯一心の底から欲しい、と思って買ったものは、私の場合、必ずすぐ壊れるんだ。
もう、二度と買わない。
何も買わない。
硬く心に誓った。

母方のおじいちゃんが中古の自転車屋さんをしていた。
リヤカーを引いて、捨ててある自転車を回収し、直して販売していた。
今の言葉で言うと、店舗付き住宅。
でも、家は古く、店は土間で地面が波打ってたのを憶えている。
そこらじゅうに積んであるボロボロの自転車の中から、
私のドロップハンドルと同じサイズの黄色い自転車を選んだ。
家に持って帰り、パーツをはずし、
私のドロップハンドルについている車輪、パーツをつけかえ、
もちろんハンドルもドロップハンドルにつけかえ、
最後に青いペンキを塗った。
フレームが重かったせいで、
私のドロップハンドルに比べ、自転車そのものも異様に重かった。
黄緑色に輝くピカピカだったフレームに比べ、
ペンキの仕上がりは最悪だった。
それでも試乗してみると、ちゃんと乗れる。
再び自転車通学が始まった。

あれから何台も自転車を拾い、直して乗った。
年月が経つと、自転車の質も上がってきた。
ブリジストンのロードレーサーの事故車を拾ったときは嬉しかった。
タイヤが細いタイプの長距離用の自転車だ。
マウンテンバイクが出現した頃、あれも欲しかったが、落ちていなかった。
市場に出たばかりで、捨てられるまでには時間がかかる。
また頑丈だからなかなか壊れない。

確か大学3年生の頃。
友人が8年間乗り潰したパナソニック製のマウンテンバイクをもらった。
今でも実家に置いてあり、帰ったときに使っている。
最近は、とても程度の良い高級なマウンテンバイクが捨ててある。
アルミフレームの軽量なもので、どこも壊れていないものも捨ててある。
嬉しいことだ。

決して自転車は買わない。
それが私のポリシーだ。

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そのポリシーをようやく曲げ、先月、妻に新車を買ってあげた。
どうせ買うなら乗りやすい方がいい。
買うと決心したらケチらない。
車体は軽い方がいいに決まってる。
妻は新車が買えるのなら、
鉄製の変速ギヤのついていない、安いものでも良いと思っていたようだった。
アルミ製、3段変速のママチャリ。
結婚して初めての新車に、妻は大感激。
しばらくは窓から新車のママチャリをポーッと眺めていた。

その直後、私は自分用のマウンテンバイクを拾った。
これはすごく新しい。
自転車は買わない、というポリシーは、息子と私にだけあてはめよう。
妻には好きな自転車を買わせてあげても良い。
そう思う。
でも、息子は別。
モノを大切にすることを教えたい。
自転車をバラして組み立てることができるように教育したい。
友達に対して引け目を感じたり、羨ましく思ったり、
自分のことを恥ずかしく思うことも大切だ。
欲しくても決して手に入らないものがある、ということを分からせ、
我慢し続けることを教えたい。

息子には、本当は、オモチャも買い与えたくない。
でも、時々買っている。
燃えないゴミの日には、トミカや電車が捨ててある。
他にも、キッチンセット等、全然汚れていないものが捨ててある。
燃えないゴミの日が休みのときは、
拾ったママチャリに乗り、ゴミ捨て場をチェックして回る。
ゴミ袋、いっぱいのオモチャをl何回か拾った。
家には、ものすごい数の車や電車がある。
沢山のオモチャを子供にあげるのは良くないこと、と思いつつ、
大半がもらい物か、拾った物。
教育を間違っている気がするが、
息子、本人が欲しがるものを買わないようにすれば良いか?
自分に対して言い訳を考える。

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スケボーを始め、色々ネットで調べていると、
同じような系統のスポーツを目にするようになる。
BMX だ。
あれがやりたい。
スケボー仲間の中学生と話をしていて、
彼も BMX が欲しいことを知った。
彼によれば、BMX には色々な種類があって、
バートやら、ストリートやら、フラットランドやらがあるらしい。
自宅の近くで練習でき、危険でないものが良い。
時々、BMX でクルクル回ってる子を見かけるけど、
あれって何?
「フラットランド」って言うんだ。
よしっ、じゃあ、その「フラットランド」 っていうのをやろう。
BMX なら何でもいいんでしょ?
ダメなんだ。
フラットランド専用の BMX じゃなきゃダメなの?
どのぐらいするの?
5〜10万円?????

粗大ゴミで自転車を探し続けること、かれこれ23年。
BMX が捨ててあるのを見たことがない。
その見かけたことのない BMX の中で、さらに台数の少ない
フラットランド用の BMX に出会うのは、恐らく1000%不可能だ。
何ヶ月かネットで検索し続けた。
YAHOOオークションでの入札価格も調べた。

どうしよう?
買おうか?
買ってもよいものか?

ウダウダそんなことばかり毎日妻に相談し続けたある日、妻が言った。

あー、もう聞き飽きた。 いい加減、買ったら?」(妻)

そういえば、数ヶ月前に、同じようなセリフを聞いたっけ。
あー、もう聞き飽きた。 これからスケボーの話、禁止。」(妻)

先月は1か月、審査がらみで辛い思いをし続けた。
間もなく誕生日だし・・・・。
えぇーーーい!
自分へのご褒美だ!
ゴミの日に捨ててないんだもん。
しょーがないじゃん。
買ってしまえ!!

なんだかんだ買うための、
買っても良いと自分を言い聞かせるための理由が必要だった。
買う、と決めたら、やっぱり止めた、と気が変わる前に
一刻も早く買わなくてはならない。
自転車は一生買わない、と決めていたポリシーを曲げてまで買うのだから、
せめて、直して使い続けることができるように、
うんと質の良いものを、う〜んと安く買おう。

ネットで検索してお店を探し、
気持ちが変わる前に、割引率が高そうなお店に買う気満々で行った。
目に留まったのは、壁に掛けてある BMX。
他のに比べて、なんか、ちょっと高級っぽいぞ。
質感がいい。
アーレス AY っていうんだ。
んっ?
定価で12万8千円が、50% OFF??
YAHOO オークションで色々調べたけど、
フラットランド用の BMX で 50% OFF って、見かけなかったぞ。

イヤ、待てよ。
パソコンでも、高い定価をわざわざ書いて、
50% OFF とかになってることあるけど、
古いスペックで新機種より機能が悪くて、
現在の市場ではもともと定価の価値がない、というケースがある。
おじさん、「50% OFF」 という値引き率に騙されないぞ。
でも、パソコンみたいに CPU の処理速度が半分で性能も半分、
みたいなこと、自転車であり得るか?

すみません、このアーレス AY はどうして安いのですか?
2年前の型だからですか・・・・・・・。

リムやクランク、タイヤの質感、全てのパーツがモノが良さそうな感じだ。
粗大ゴミ収集で、質を見極める目は養ってきたつもりだ。
よし、これに決めたっ!!
でもなぁ、高っいなぁ。
6万7千円だぞ?
自転車は、普通、お金を出して買うものじゃないんだぞ?
いいのかなぁ?
こんな贅沢して、バチ、当たんないかなぁ?
イヤ、イヤ。
捨ててないものは手に入らないんだから、しょうがないんだ、きっと。
買ってもいいね?
買うよ。
本当に買うよ。
大丈夫か?
大丈夫だな。
買うぞ。
これを買おう!!

中学1年生4月以来、お金を出して自転車を買う勇気が持てた自分を、誇らしく思えた。

ピッカピカの BMX。
かっくいいなぁ〜。
傷ついたらもったいないから、ずっと壁にかけて飾ったおこうか・・・・・。


2005.11.07